「ヤオハン倒産の真実」 創業の地日本の事業が危うくなった

「ヤオハン倒産の真実」 創業の地日本の事業が危うくなった
 「これだって派手に見えるけど、ひとつつくってはやめる試行錯誤の末に出てきたものでした。そのうちに日本から商品を持っていくのではなくて、ミックスして中国流のをつくりださなくてはと。将来はおそろしいマーケットになるだろうと思って、上海に本部を置いた。やっぱり中国に生産基地をつくらないといけないと判断するようになった。メーカーと一緒に商品開発をしながらつくっていこうと。その事業に着手したところで『ヤオハンジャパン』がおかしくなってきた」

 志半ばで、創業の地日本の事業が危うくなったという主張である。和田氏はただちに、営業本部長として日本に復帰すると、大手チェーンへの売却によって店舗を整理し、リストラを進めて、窮状突破を試みる。

 「すでにその2年ぐらい前、社員がちょっと傲慢になってますね、と取引先に言われて、おかしいなと思いはじめてはいたんですよ、じつは。お客さんや、商品を供給してくれる取引先がどう思っているかは、流通業の原点ですからね。

 じゃ、実際はどうなってるのか、自分が社長をやってみようかなと、そのとき思ったん
です。で、私は『ジャパン』の社長になるという決断を一度はしたんです。弟には、総本部の香港(当時)のほうのトップになってくれと。2、3年やってみようって。彼も承知した。ところが、こちらのほうに優柔不断なところがあり、もう少し業績が上がるのを待って、それを花道にしてあげたいという思いを持ちまして。兄貴としてそうしたいなと思った。きわめて泥臭いんですけどね。それで、そのままになってしまった」



★倒産から再起した貴重な資料★